柚葉通言

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開高健について

 

花終る闇 (新潮文庫)

花終る闇 (新潮文庫)

 

 

ビュー直後は、戦後の小説家らしく、一寸政治色の強い短編を幾つか書いて、大江健三郎のライバルと目された。1958年に「裸の王様」で芥川賞をとった後は、一作書き上げる度にネタに困り、次第に、己が生活の外に物語を探し始めるようになる。

たとえば、泥棒集団「アパッチ族」に混じって生活したり(『日本三文オペラ』)、日本中の美食を食べ歩いたり(『新しい天体』)、甚だしきは、ベトナム戦争に取材し、200人中17人しか生き残ることの出来なかった戦闘に参加して生還した後、それを私小説に仕上げてみせたこともあった(『輝ける闇』)。

俺は、氏の一番の傑作は『夏の闇』だと思っているが、その内容はと言えば、女の家に転がり込んで、寝て、食べて、釣りに行って……と云った具合で、下品と云えばこの上なく下品な小説である。

そんな開高が最も意識した小説家は、梶井基次郎であった。あるいは詩人であれば、金子光晴であった。未完の長編『花終る闇』の冒頭には、そうした開高の嗜好がほとばしっている。

漂えど沈まず。

新しい作品の題をそうときめ、原稿用紙に書きつけたけれど、それきりである。一歩もさきへでられない。かれこれ一年にもなるのだが、一語も書きだせないでいる。毎日、ただ寝たり、起きたり、沈んだ大陸のことを書いた本を読んだり、推理小説を読んだりするだけである。正午すぎと夕方に駅前の大衆食堂へ食事にでかけるほかは、人にも会わず、パーティーにもでず、酒場にもいかない。会いにくる人もないし、電話もかかってこない。この一年間にしたことといえば部屋にこもって読んだり寝たり、寝たり読んだりで、原稿用紙は机にひろげたきりである。しばらくほっておくと薄く埃りがたまったり、日光に焼けて黄ばんだりするので、新しい紙に表題を書きなおし、古いのは丸めて捨て、それだけすると何か一仕事した気持になって、またよこになる。

眩いばかりの美文である。しかし俺には、この文章が「小説」になるための要素を全て外してしまったもののように思えるのだ。文章の中に「詩」を求めすぎた結果、「物語」がないがしろにされているのである。こうなると、島崎藤村の『新生』まであともう一歩のところに立っている。……

いや、なにも俺は、開高に文章を書く才能がなかったと言いたいわけではない。むしろ文章を書く才能は有り余るほどあったと思う。しかるに、どう言って好いか……、蓮見重彦石川淳の小説を評して言った言葉に、「巧みな日本語遣いがみごとな文体を駆使したものがそのまま小説になるわけでもなかろう」と云うのがあるが、丁度このことが開高にも当てはまるけはいなのだ。

あるいは、大江健三郎の言葉をここに引いても好い。

開高さんは、小説の物語をつくる才能がなかった人じゃないかと思う。(中略)全然ないとはもちろん言いませんが、観察の力、分析の力、文章をカラフルに書く力に比べると、嘘の物語をつくるという能力においてすぐれているとは言えなかった。それが、彼が一生、小説が書けないと言ってた唯一の理由なんです。

(大江健三郎古井由吉『文学の淵を渡る』)

俺も全く同感である。