柚葉通言

考えにくいことを考えるブログ

『岡本尊文とその時代』について

http://www..com/ https://hametuha.com/series/岡本尊文とその時代/

 

載形式でちょこちょこと発表し始めて二ヶ月が経った。反響は皆無である。まだ読んでいる人がいるとも思えない。何かこう、人類が滅んだ後、地球に一人(一体?)残ったロボットが、任ぜられた任務の報告のために主人にメッセージを送り続けるような、そんな気持になる。

……いや、これは違うな。

ロボットは主人の存在を信じている。対して俺は読者の存在を信じていない。俺が信じているのは、締切の存在だけである。

つまり、読者は存在せずとも、水曜日と土曜日は必ずやってくる。これは俺を縛るルールとして絶対なのである。

ルールは人を甘えに誘う。それを意識し厳守する限りに於いて他のことを考えないで済むからだ。じっさいのところ、俺は小説を書いていない。書いていないと云うのは新たに書いていないと云うことであり、『岡本尊文』にしても、これまでに書いてきた物を適当に直して初出としているだけなのである。

本当は、新しい小説を書かなくてはならない。そう云った苦悩が俺にもないわけではないのだ。しかし、何かこう、まァ、書かなくても良いのではないかな、と云う気もしているのだ。流れる時間に流されるのも、それはそれで良いじゃないかと思ってもいるのだ。ともすればそれは、「小説」と云うものに飽きているのかも知れない。飽きっぽいのだ。何か、熱中出来ればね。

しかるに、熱中は良いものだと思う。即ちそれは、ストーリーに嵌まると云うことであるが、ツイッターのフォロワーの方の中にも、政権批判を趣味としてらっしゃる人がいて、良くもまァ、それだけストーリーに嵌まれるな、と感心する。俺は、世界や日本がどうなろうと知ったことではないし、毎月払っている税金にしても、ハナから無いものとして認識しているので、あとはどう使われようが……、たとえば核兵器を作ろうと、ヤクザの資金源になろうと、知ったことではないのだ。所詮は紙切れである。尻を拭いてくれても構わない。

何か面白いことないかね。